【センター対策・日本史】江戸時代のまとめ

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【センター対策日本史】江戸時代についてまとめています。

江戸幕府の成立

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大名統制

大名とは、将軍から1万石以上の領地を与えられたもの指します。また、その関係から3つに分かれます。

  • 親藩=徳川氏一門御三家(尾張、紀伊、水戸)
  • 譜代=関ヶ原の戦いより前からの家臣、幕政参与
  • 外様=関ヶ原の戦い以後の家臣
  • 一国一城令(1615)
  • 武家諸法度(1615)大名の守るべき事柄示す
  • 参勤交代制(1635)妻子を江戸に置き、1年ごとに江戸と国元の往復義務づけ交通費、江戸生活費の多大な出費で経済力失わせる
  • 禁中並公家諸法度(1615)=天皇の政治活動抑圧

農民統制

  • 田畑永代売買禁令(1643)…「たばこ・木綿・菜種」などの商品作物を本田畑に植えることを禁止
  • 慶安触書(1649?)…本百姓体制を維持し、年貢を確保するため

幕府体制

  • 大老…将軍の補佐役、臨時に老中の上に置かれた最高職
  • 老中…政務全般を取り仕切る
  • 若年寄…老中の補佐
  • 寺社奉行…寺社の行政、訴訟、関東以外の私領からの訴訟を受けた

<その他>

  • 目付…旗本・御家人の監察
  • 大目付…大名の監察
  • 町奉行…江戸市中の行政と裁判をした
  • 勘定奉行…財政、関東の訴訟、関東以外の幕領からの訴訟、郡代・代官の支配

鎖国の形成

  • 1616年…中国船以外の外国船の来航を、平戸と長崎に制限
  • 1624年…スペイン船の来航禁止
  • 1633年…奉書船以外の海外渡航禁止
  • 1635年…日本人の海外渡航と帰国の禁止
  • 1639年…ポルトガル船の来航禁止
  • 1641年…オランダ商館を長崎の出島に移す

江戸時代の政治改革

5代将軍綱吉の政治

  • 朱子学を官学として、湯島に聖堂を建立。
  • 生類憐みの令…病気の生類を捨てることを禁じ、食料のために魚、鳥、亀、貝を売ることを禁止。
  • 貨幣改鋳…低品位で大量発行。しかし、低品位貨幣では同額面では売りたくないため物価が上昇。

正徳の治

儒学者の新井白石の政治の政治で、典型的な文治政治です。

  • 朝鮮通信使の待遇簡素化
  • 閑院宮家の創設
  • 高品位貨幣の発行…物価の安定
  • 1715年正徳新令…長崎貿易での金銀流出防止

などを行う。

享保の改革

享保の改革は、紀州藩出身の8代将軍徳川吉宗が30年にわたって取り組んだ改革です。

  • 倹約令…倹約の徹底。木綿しか着ない。
  • 上げ米の制…大名に対し、1万石あたり100石の米上納命じる。
  • 新田開発…商品作物栽培奨励
  • 足高の制…下級からの人材登用可
  • 公事方御定書編集…公正迅速な裁判のための法令集
  • 米価調節
  • 目安箱設置
  • 幕府財政難の一時的緩和しましたが、農民の貧富差拡大。

田沼意次の政治

殖産興業を中心とする重商主義的政策を積極的に展開した。

  • 株仲間の奨励
  • 幕府専売制
  • 貿易振興…長崎貿易で銅、俵物(海産物)の輸出、金銀輸入。

寛政の改革

白河藩主松平定信が老中となり11代将軍を補佐として江戸の治安問題や外国勢力に対応するためのの改革を寛政の改革という。

  • 帰農令…都市流入民の帰村奨励
  • 囲米、義倉・社倉の設置…凶作に備え米貯蔵
  • 棄捐令…6年以上前の借金帳消し
  • 寛政異学の禁…朱子学振興で体制再建図る

天保の改革

水野忠邦が推し進めた改革

  • 倹約令…贅沢な菓子、雛人形などの禁止、衣服、髪飾りの制限。
  • 風俗の統制
  • 人返しの法…天保の大飢饉で都市に流れ込んだ農民を農村に帰そうというもの
  • 物価引下げ令
  • 株仲間解散…商品を独占し、値を吊り上げていると判断したため
  • 上知令…江戸・大坂周辺の幕府直轄にし、経済・軍事的に幕権を強化。しかしながらうまくいかず、水野忠邦は罷免。

江戸時代の産業

農業技術の進歩

箱根用水や見沼代用水の整備、新田開発によって、耕地面積が2倍近くに拡大してます。農具の改良が進み、深耕用の備中ぐわ、脱穀用の千歯ごき、選別用の千石どおし、灌漑の踏車などが考案されました。また肥料も、商品作物栽培において、干鰯、油粕などの金肥が使用されました。

  • 農具が進化…備中鍬(深耕可)、水車、踏車、千歯こき、唐臼、唐箕、千石とおし
  • 農書…「農業全書」(宮崎安貞)施肥よりも耕耘や除草の技術を中心に記述
  • 商品作物栽培…四木 =茶、楮、漆、桑。三草=麻、藍、紅花。他には煙草、菜種、木綿など

一方、工業では、問屋制家内工業が発達。問屋が登場して原料や道具を用意してくれ、 農民は家で働くだけで収入を得ることができるようになる。

商業の発達

江戸・大坂・京都を三都と呼び、「将軍のお膝元」である江戸は政治都市として発達し、18世紀前半には、人口100万人を超えました。商業都市である大坂は、諸藩の年貢米や特産物を保管する蔵屋敷が軒を並べ、京都は、文化・宗教都市としての特色がありました。

  • 蔵屋敷(大消費地)で保管・販売
  • 蔵役人(蔵元=販売、掛屋=送金)が扱う
  • 株仲間の結成…問屋・仲買による同業組合(利益独占)
  • 両替商…預金、貸付おこなう

交通の発達

江戸日本橋を起点とする幕府直轄の主要幹線道路を総称して五街道といい、宿駅がおこあれ、一里塚という路程評、「入鉄砲に出女」を取り締まる関所が設けられました。

  • 五街道の整備…東海道、中山道、甲州、奥州、日光道中
  • 宿場…大名が参勤交代をするために宿る場所として整備
  • 関所の設置…箱根、新居、碓氷、木曽福島。治安維持のため。
  • 南海路…菱垣・樽廻船
  • 東西廻り航路…河村瑞賢が整備

開国

1853年にペリーの来航。1852年10月13日、ペリーは4隻の軍艦を率いてノーフォークを出港し、喜望 峰・シンガポール経由で、1853年2月29日香港に着た。翌年、また再来し、日米和親条約(神奈川条約)の締結。

  • 日米和親条約…下田、箱館の開港。また、一方的最恵国待遇与え(他国に与えた特権を適用)露、英、蘭とも同じ条約締結。
  • 日米修好通商条約…1858年に締結。神奈川、箱館、新潟、兵庫、長崎の開港。不平等条約で、関税自主権がない(協定関税)、治外法権(領事裁判権)認める。蘭、露、英、仏とも同じ条約締結(安政の五カ国条約)。

このころの貿易の内容

  • 輸入…毛・綿織物、武器、艦船
  • 輸出…生糸、茶、蚕卵紙

貿易が盛んになっていくにつれて、手工業は農村家内工業→問屋制家内工業→工場制手工業と発展し、次に工場制機械工業 へと進歩していきました。

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