【大学受験・日本史】入試によく出る「人物」のまとめ

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入試によく出る「人物」に焦点を絞ってまとめています。人物名を覚えるだけでなく、その人物がいつ何をしたのかなど内容も一緒に把握していきましょう。それでは、【大学受験・日本史】入試によく出る「人物」のまとめです。

入試によく出る「人物」のまとめ

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先土器・旧石器・縄文時代

  • 相沢忠洋…群馬県岩宿遺跡の発見者。
  • モース…アメリカ人動物学者で、大森貝塚(東京都)を発見。

邪馬台国とその前後の時代

  • 卑弥呼…239年、「親魏倭王」の称号と金印紫綬を贈られる。

飛鳥時代(推古朝と飛鳥文化)

  • 厩戸王(聖徳太子)…最初の女帝である推古天皇の甥、用明天皇の第2皇子で、推古天皇の皇太子、摂政となり、蘇我馬子と協力して、中国や朝鮮に学び、大王(天皇)中心の政治を行う。仏教の注釈書「三経義疏」を著す。
    確認【大学受験・日本史】飛鳥時代(推古朝と飛鳥文化)

大化の改新と律令国家の成立まで

奈良時代

平安時代

  • 藤原道長…法成寺の建立
  • 藤原頼通…平等院鳳凰堂の建立

嵯峨天皇

  • 薬子の変(810)…藤原冬嗣が蔵人頭に任命される。これが藤原北家が台頭する契機。
  • 検非違使の設置…京の治安維持

宇多天皇

  • 894年、菅原道真の進言により遣唐使廃止

醍醐天皇

  • 昌泰の変(901)…左大臣藤原時平は、菅原道真を大宰府へ左遷
  • 「古今和歌集」、「延喜格式」、「日本三代実録」の編纂も醍醐天皇の事業
  • 意見封事十二箇条(914)…三善清行の著。律令体制の崩壊と変質が顕著に。

確認【大学受験・日本史】平安時代

鎌倉時代

8代執権北条時宗

  • 文永の役(1274)…蒙古軍は、集団戦法・てつはう(火薬)・毒矢を日本を圧倒
  • 弘安の役(1281)…蒙古軍は、暴風雨で撤退

9代執権北条貞時

  • 霜月騒動(1285)…8代執権北条時宗の死後、有力御家人・安達泰盛と、内管領・平頼綱の対立が激化。
  • 永仁の徳政令(1297)…窮乏する御家人の救済策でしたが、成果は上がらず、翌年撤回。

確認【大学受験・日本史】鎌倉時代

室町時代

後醍醐天皇

  • 記録所…行政、司法の天皇親裁機関や雑訴決断所…訴訟事務を整備。

安土・桃山(織豊政権)時代

織田信長

  • 楽市・楽座令、関所撤廃、堺の掌握、南蛮貿易などをおこなう。

豊臣秀吉

  • 大坂城を拠点とする。1585年に関白となり、翌年1586年に、太政大臣となる。この当時、直轄地を蔵入地といい、また、太閤検地、刀狩、身分統制令、人掃令と次々に施策を実行。

確認【大学受験・日本史】安土・桃山(織豊政権)時代

江戸時代

5代将軍徳川綱吉

  • 朱子学を官学として、湯島に聖堂を建立。
  • 生類憐みの令…病気の生類を捨てることを禁じ、食料のために魚 鳥、亀、貝を売ることを禁止。
  • 貨幣改鋳…低品位で大量発行。しかし、低品位貨幣では同額面では売りたくないため物価が上昇。

新井白石

  • 朝鮮通信使の待遇簡素化
  • 閑院宮家の創設
  • 高品位貨幣の発行…物価の安定
  • 1715年正徳新令…長崎貿易での金銀流出防止

徳川吉宗

  • 倹約令…倹約の徹底。木綿しか着ない。
  • 上げ米の制…大名に対し、1万石あたり100石の米上納命じる。
  • 新田開発
  • 商品作物栽培奨励
  • 足高の制…下級からの人材登用可
  • 公事方御定書編集…公正迅速な裁判のための法令集
  • 米価調節
  • 目安箱設置

田沼意次

  • 株仲間の奨励
  • 幕府専売制
  • 貿易振興…長 崎貿易で銅、俵物(海産物)の輸出、金銀輸入。

松平定信

  • 帰農令…都市流入民の帰村奨励
  • 囲米、義倉・社倉の設置…凶作に備え米貯蔵
  • 棄捐令…6年以上前の借金帳消し
  • 寛政異学の禁…朱子学振興で体制再建図る

水野忠邦

  • 倹約令…贅沢な菓子、雛人形などの禁止、衣服、髪飾りの制限。
  • 風俗の統制
  • 人返しの法…天保の大飢饉で都市に流れ込んだ農民を農村に帰そうというもの
  • 物価引下げ令
  • 株仲間解散…商品を独占し、値を吊り上げていると判断したため
  • 上知令…江戸・大坂周辺の幕府直轄にし、経済・軍事的に幕権を強化。しかしながらうまくいかず、水野忠邦は罷免。

確認【大学受験・日本史】江戸時代①初期(幕府の成立・1600年代)
確認【大学受験・日本史】江戸時代②中期(幕府の展開・1700年代)
確認【大学受験・日本史】江戸時代③後期(幕府の終焉・1800年代)

自由民権運動期

板垣退助

征韓論争で敗れ、下野した元参議ら提出。その後、板垣退助が土佐で立志社を結成。これを機に、愛国社なども設立されるなど、自由民権運動が全国に拡大していきます。一方で政府は立憲政体樹立の詔を出し、立憲政治への移行を図りました。

自由民権運動の全国組織が「国会期成同盟」です。自由民権運動に対して、政府は、保安条例を出して、民権運動家らを東京から追放しました。三大事件運動では、地租軽減、言論集会の自由、外交失策の回復などの主張が展開されました。
確認【大学受験・日本史】自由民権運動の前後の流れ

立憲政治の成立期

  • 伊藤博文らが、ヨーロッパでシュタインやグナイストからドイツ派の憲法理論を学ぶ
  • 黒田清隆…超然主義の立部で、衆議院議員選挙法を公布
  • 山県有朋…徴兵制度を導入。2度にわたり、首相を務める。
  • 松方正義…紙幣整理を断行し、財政の安定に貢献。2度にわたり、首相を務める。
  • 品川弥二郎…第一次松方内閣にて、内務大臣を務め、選挙干渉の指揮。

確認【大学受験・日本史】立憲政治の成立

そのほかの重要人物

以上を参考にしてください。

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