【大学受験・日本史】片山哲内閣の政策などのまとめ

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片山哲内閣の政策などのまとめです。日本社会党が初めて第一党になったときの委員長でもあった片山哲内閣についてです。それでは、【大学受験・日本史】片山哲内閣の政策などのまとめをみていきましょう。

片山哲内閣

  • 日本社会党の委員長として、1947年4月の総選挙で初めて第一党となったが、議会の過半数に達していなかったため、民主党・国民共同党と妥協して連立内閣を結成した。
    確認明治期の自由党と立憲改進党の比較と違い
  • 傾斜生産方式を実施し、物価を戦前比の65倍とするのに対して、賃金を27倍におさえる政策をとったため、労働者の反発をうけ総辞職に追い込まれた。
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日本社会党

昭和20年(1945)第二次大戦前の無産政党各派が合同して結成した社会主義政党。

傾斜生産方式

第2次大戦後の日本経済の体制的危機と過小生産を克服するため採られた重点主義的生産政策。1946年下半期から石炭をはじめ電力・鉄鋼等の減産が著しくなったため、1947年初めからすべてが鉄鋼・石炭の生産に集中され,その循環的な増産により基礎産業の復興が図られた。

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