【大学受験・日本史】日清戦争のきっかけと下関条約の内容

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日清戦争のきっかけから戦争終結後の下関条約の内容をまとめています。

日清戦争

壬午軍乱後、1884年に朝鮮の独立党が日本公使館の援助をえてクーデタを起こしたが、清国軍の攻撃で失敗。これにより、伊藤博文と李鴻章によって天津条約が結ばれる。内容は、日清両軍の朝鮮からの徴兵を認めた。このころ、アジア近隣諸国から、近代化が進む日本への留学生が増加する中、朝鮮から1881年~1884年までに100名近く留学生が派遣される。1894年に甲午農民戦争が勃発すると、朝鮮をめぐって対立していた日本と清は朝鮮に出兵し、日清戦争が始まる。

日清戦争がはじまると、議会は政府に協力。この戦いに勝利した日本は、中国進出を強めていきます。義和団事件の鎮圧を機として、清は、日本やヨーロッパに分割されていきます。

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下関条約

  • 2億両の賠償金を受け取る。
  • 朝鮮が独立国であると認めさせる。
  • 遼東半島を得る。

日清戦争後の日本

臥薪嘗胆を合言葉に、軍備の拡張を進めていく。伊藤博文は、憲政党と提携し、立憲政友会を結成。朝鮮への侵略をおすすめていたこの時期、朝鮮との貿易では、日本は、主に繊維品を輸出、食料品(米など)を輸入していました。

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