【大学受験・日本史】邪馬台国とその前後の時代

邪馬台国とその前後の時代について学びます。共同で農業をおこなっているムラが発達。隣のムラと水利をめぐって協力したり対立したりするのがこの時代です。やがて、小国が乱立して、国家統一に向けた争いへと発展していきます。ポイントは、中国史料からの日本の記述です。

中国との接点

「漢書地理志」と「後漢書東夷伝」から当時の日本の様子をさぐることができます。

  • 「漢書地理志」…倭の名前で日本が登場し、最古の日本記事で、日本は、100ばかりの国があると記載されていました。
  • 「後漢書東夷伝」…奴国王の遣使は光武帝印綬を授ける(57年)と記述。証拠として、1784年に志賀島(福岡)で見つかったの金印「漢委奴国王」

邪馬台国の出現

魏志倭人伝によると3世紀あたりに倭国大乱後、30のクニが卑弥呼という女王を共立し、女王国の邪馬台国が他を従え、出現されたとあります。239年、卑弥呼は「親魏倭王」の称号と金印紫綬を贈られる。
参考入試に出る日中関係史

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