【高校地理】EU結成と拡大

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【高校地理】EU結成と拡大についてまとめています。

EU結成

20世紀半ばまで、世界の貿易・金融活動は西ヨーロッパを中心に営まれていた。20 世紀以降、2度の世界大戦の戦場となり、政治的・経済的・文化的な優越性を旧植民地のアメリカ合衆国と辺境の旧ソ連に奪われた。また市場は、植民地の独立、社会主義圏の拡大、発展途上国の工業化、アメリカ合衆国や日本などの競争相手の台頭によって狭められた。この「ヨーロッパの没落」から、ヨーロッパが再生の路を開く ためには、大量の原料とエネルギーを輸入しつつ、伝統的な技術と組織力を生かして、高度の工業製品を輸出することが必要であった。

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第三次産業革命

第三次産業革命に対応した工業には、大量生産 が決め手となるが、資本や労働力の調達、製品の販売にとって, 細分化された国土が経済上の障壁となってきた。それが、ヨーロッパ統合の背景である。

ヨーロッパ連合(EU)

ヨーロッパ連合(EU) への最初の動きは、小国の不利益に悩むベネルクス3国が1948年に結成したベネルクス関税同盟であった。また社会主義国の拡大に対応して、アメリカ合衆国がヨーロッパ諸国の経済復興を支援するマーシャルプランで、これを受けて、1948年にヨーロッパ経済協力機構(OEEC)が結成されたことも、西ヨーロッパの経済統合をうながした。また、炭田や鉄鋼業を国境近くに持つフランス・旧西ドイッ
ベネルクス3国が、イタリアとともに石炭と鉄鋼の生産を協同管理するために 1952年にヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECCO)を結成した。この6カ国は、1957年に原子力研究とウラン濃縮施設の共同管理を目的にヨーロッパ原子力共同体 (EURATOM)、1958年に関税同盟を発展させたヨーロッパ経済共同体(EEC)を設立した。これは、域内の関税を排して商品・労働力・資本の移動を自由化し、域外に対しては共通関税を設定 するなど、統一した政策を持つ国際組織である。労働力移動の自由化とともに、労働者の賃金・有給休暇・年金などの政策も統一されることになった。

EUの拡大

ECSC、EURATOM、ECC3共同体は、1967年に統合され、ヨーロッパ共同体(EC)となり、1973年にはイギリス・デンマーク。アイルランドが、 1981年にギリシャ、1986年にはスペイン・ポルトガルが参加した。それにともない、対抗して1960年に結成されていたヨーロッパ自由貿易連合 (EFTA) は、イギリスなどがECに移って縮小している。

ヨーロッパ自由貿易連合 (EFTA)

EFTA は、商品・サービス・人・資本の自由な移動を保障しているが、EUのような共通通商政策の域外で関税同盟ではない。1993年にはドイツ統一などの国際情勢の変化に対応して、ヨーロッパ連合(EU)が成立し、人・モノ・サービス・資本の移動の自由に、単一通貨ユーロの創設、共通外交・安全保障政策、司法や移民関係の協力などが付け加わった。とくに2009 年のリスボン条約によって、常任欧州理事会議長(欧州連合大統領)、欧州連合外相などが新設されている。また2004年に10カ国、2007 年に2カ国がEUに加盟した。なかでも旧社会主義国(10カ国)は、計画経済から自由経済に移行しつつある。

欧州連合の現在

欧州連合は、2010年現在、27カ国が加盟し、23の公用語で運営されている。ブリュッセルに欧州委員会本部、ストラスブー ルに欧州議会、 ルクセンブルクに欧州裁判所、フランクフルトに欧州中央銀行がおかれ、各国首脳による欧州理事会や政策分野別の閣僚理事会、行政機関として欧州委員会、立法機関として欧州議会などの役割が明確化された。

例外規定

領域の拡大は例外規定を増加させた。イギリスやフランスなど主要国が保有する旧植民地や海外領を統合すべきか どうかも問題となる。単に領域だけではなく、個別の懸案についても加盟国に多くの例外を認め、たとえば統一通貨ユーロは、イギリスやスウェーデンなどではいまだに使用されていない。逆に域外の小国(ヴァチカン、アンドラ、サンマリノ、モナコ)でユーロを使用しているのも、例外規定の一種である。

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