【高校日本史】自由民権運動の前後の流れ

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自由民権運動の流れについてまとめています。激動日本の始まりというべき「自由民権運動」。入試でも出題頻度が高いところですので、前後の流れをしっかりつかみながら整理していきましょう。

自由民権運動

明治新政府の近代化のための変革は、あまりにも急激で、国民生活の実情を無視した点も少なくなかった。新政府は近代化に要する巨額の経費をまかなうために、農民から重い地租をとりたてた。

女性の参加もあったのも特徴的です。

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農民一揆

農民はそのうえ、兵役の義務などの新しい負担を負わされたり、伝統的な生活様式を強制的にかえさせられたりしたので、これらに反対してしばしば一揆をおきました。明治初年の農民一揆には、地租改正反対・徴兵令反対・小学校廃止などの要求のほかに、廃藩置県による知藩事の罷免反対、伝染病予防措置反対などにみられるように、古い生活をまもろうとする要求もあった。

士族たちもつぎつぎと封建的な特権をうばわれ、社会的地位は低下して、経済的にもゆきづまった。そのため、政府に対する士族の不満はしだいに高まった。

1874年:民選議員設立の建白書

征韓論争で敗れ、下野した元参議ら提出。その後、板垣退助が土佐で立志社を結成。これを機に、愛国社なども設立されるなど、自由民権運動が全国に拡大していきます。一方で政府は立憲政体樹立の詔を出し、立憲政治への移行を図りました。

自由民権運動の全国組織が「国会期成同盟」です。自由民権運動に対して、政府は、保安条例を出して、民権運動家らを東京から追放しました。三大事件運動では、地租軽減、言論集会の自由、外交失策の回復などの主張が展開されました。

1881年:明治十四年の政変

大隈重信は政府から追放されます。自由党は、立志社や愛国社の流れをくむグループを中心に結成され、フランス流の政治を目指し、板垣退助を党首としました。

1884年:秩父事件

松方財政下で、困民党に結集した農民たちが起こしました。秩父事件の前後には、加波山事件、飯田事件など、自由党員を主力とする一連の激化事件が起こっています。秩父事件などの事件により、自由民権運動の急進化と政府の懐柔政策によって、自由党内に分裂がおこり、自由党は解散した。

このころ、河野広中など自由党員を弾圧した福島事件も起こっています。

自由民権運動 まとめ

政府への不満から士族の反乱や自由民権運動が起こった。

  • 西南戦争…1877年西郷隆盛を中心とした鹿児島の士族らがおこした反乱。徴兵制による政府軍に鎮圧された。
  • 自由民権運動…議会政治の実現を目指す運動。
  • 民選議員設立の建白書…1874年に板垣退助らが政府に提出した国会の開設を求める意見書。
  • 国会期成同盟…1880年民権派の代表が大阪で結成。
  • 国会開設の整備…政府が10年後に国会を開くこと約束。

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