【現代社会】自由権の獲得までの歴史の要点

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【現代社会】自由権の獲得までの歴史の要点をまとめています。

自由権の獲得までの歴史

自由権とは国家権力の介入や干渉から自由になる権利のことで、「国家からの自由」ともいわれます。そういわれるのも、自由権獲得の歴史は、絶対的な国王による「人の支配」と切り離されないからです。

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マグナ=カルタ(大憲章)

プランタジネット朝は、ジョン王の不当な課税に対して貴族が結束して反抗。1215年貴族は大憲章(マグナ=カルタ)を認めさせる。これが、自由権獲得への第一歩です。

王権神授説

王権神授説(国王の権限は神から与えられたもので国民は従わない)よる王政。これには、議会が反対し内戦へ。クロムウェルの指導により共和制の革命が実現しました。これをピューリタン革命といいます。しかし、共和制は、長くは続かず、1688年無血の名誉革命が起こりました。

清教徒革命

1649年、議会側はクロムウェルの指導で絶対王政を倒した。 17世紀前半のイギリスでは、国王がピューリタン(清教徒)を圧迫して専制政治を行っていた。議会は市民の権利を守るために「権利の請願」を国王に認めさせていました。しかし、その後、国王はこれを無視しました。以後、国王と議会の対立がはげしくなり、1642年、内乱が始まりました。

イギリスで1688年、議会を無視する国王を追放し、新たなを王を迎える。翌年、権利章典を制定。名誉革命によってイギリスの議会政治の基礎ができた。

権利章典

名誉革命後、イギリスでは権利章典が発表された。そこには王権のさらなる制限や議会主権など、今後のイギリス人の自由に必要な内容が記載された。ようやく、イギリス人民は自由になりました、。

今日のイギリスには文書化された憲法は存在せず、今でもこれらの歴史的権利文書を憲法がわりに使われています。

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