【高校倫理】奈良仏教

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【高校倫理17】奈良仏教についてまとめています。

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奈良仏教

奈良時代は、「南部六宗」といわれる奈良仏教と「律令神道」ともいうべき政治思想が共存している。

奈良時代の仏教は,中国(唐)から輸入した学問理解中心の仏教であり、「鎮護国家」といわれる国家仏教であった。当然、日本の民衆にはまだ浸透していない。今でも奈良の薬師寺の僧侶が亡くなったら、浄土真宗の僧侶を呼んで葬儀を行うといわれている。奈良仏教を代表す

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南都六宗

平城京を中心に栄えた六つの宗派の総称であり、法相宗(唯識思想, 興福寺・薬師寺、唐の玄葉に直接学んだ道昭が開祖)が最も栄えた。

  • 華厳宗…(密教で大日如来)」は東大寺の宗派
  • 律宗…(唐招提寺 鑑真が開祖)」は、戒律の研空と実践を重視する宗派

「三論宗」「倶舎宗」「成実宗」も含めて、東大寺中心に教義を学び合う学派であった。

飛鳥時代

飛鳥時代(7世紀)の聖徳太子(574 ~ 622)と奈良時代(8世紀)の藤原不比等(659 ~ 720)を比較させて、律令国家の政治思想である「律令神道」「中臣神道」「祓い神道の思想」がポイント。

ともに、律令国家には「本格的都城」と「歴史・政治思想書」と「憲法・律令」が必要と考えていた。しかし、聖徳太子は仏教と和(憲法)による日本的な中央集権国家を目指したが、藤原不比等は神道と律(律令)による日本的な中央集権国家(法治国家)を完成させた。
参考【高校倫理】聖徳太子の思想

律令神道

律令の精神を徹底するための政治的国家神道である。701(大宝1)年に「大宝律令」が発布されたとき、藤原不比等は大納言に昇進して「太政官」であり、「神祇官」は中臣意美麻呂(なかとみのお みまろ)である。

唐令にはない太上天皇(上皇)の制度があり、大宝律令(701)のときは文武天皇、養老律令(718)」の時は元明上皇であった。不比等は、仏教でなく、国家神道こそが、律令国家には必要と考えたのである。律の精神を日本中に浸透させる神祇官が執り行う年二回の儀式が、六月晦(みなづきつごもり)と十二月晦(しはすつごもり)の大祓祝詞(おおはらえののりと)であった。

大宝律令と養老律令

  • 大宝律令…文武天皇(701)
  • 養老律令…元明天皇(718)

どちらも、藤原不比等が関わっていることをおさえておきましょう。また内容のポイントは、「大宝律令は、唐の律令にならいながらも、独自の実情にあわせてつくられている」点です。ちなみに、律は、現在の刑法に相当し、令は行政法・民法に相当します。
参考【日本史】奈良時代

さらに深く(応用)

701(大宝1)年、大宝律令(日本史上初の律を伴う本格的律令,「日本」の国号と「大宝」の元号も制度化)が制定された。

  • 律(刑罰を定めた成文法)6巻
  • 令(制度を定めた成文法)11巻

唐令の三省大部に対して、二官八省で、「五刑」に対して「五罪(答・杖・徒・流・死)」が定められた。

  • 太政官…天皇の政治を代行する会議機関
  • 神祇官…国家の祭祀を担当する機関

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