【高校倫理】江戸時代の庶民思想

シェアする

スポンサーリンク

【高校倫理】江戸時代の庶民思想についてまとめています。

江戸時代

1603~1868の庶民(町人や農民)の生き方(倫理・道徳)の追究が問題意識である。徳川三百年の社会は、封建的身分制社会(士農工商)である。徳川家康(1543 ~ 1616)は、幕藩体制と身分制度を支える思想として朱子学を官学(政府が認めた学問)とし、仏教は門徒制度などで保護し、宗教的生命を奪った。
確認【高校倫理】朱子学と陽明学

封建的身分制社会(士農工商」の中で、その中で独自な庶民思想を生み出した「石田梅岩」「安藤昌益」「二宮尊徳」の三人の思想はよくテストで出題されます。

スポンサーリンク

石田梅岩

石田梅岩 (1685~1744)、丹波国(京都府亀岡)の農家の生まれで、1728年45歳のとき、借家の自宅で無料講座(道話の講釈)を開き、のちに「石門心学(心学)」と呼ばれた。

  • 心学…「本心の学」の略称で、「本心に対して正直であれ」が基本思想

封建社会の身分秩序(士農工商)の中で、1738年55歳のとき、主著「都圏幣」4巻を著わし、町人(商人)道徳を築き、京都商道の祖といわれた。すなわち、勤勉と倹約を奨励し、人と社会に奉仕した結果が利潤である営利活動(商売)は、善行であり修行であるという思想である。

安藤昌益

安藤昌益(1703~62)は、出羽国(秋田県大館)の農家の生まれで、江戸時代中期の思想家・医者である。在日カナダ大使 E. ハーバート=ノーマン(1909~57)の「忘れられた思想家 安藤昌益のこと」(岩波新書)で 世に知られるようになった。安藤昌益は、士農工商という身分社会で、四民平等や環境の大切さ(エコロジー)を提唱した思想家として注目されているが、著書『自然真営道』(1753,3巻)で、万人直耕の自然世を理想社会としたことに由来する。

  • 万人直耕…すべての人が直接農業(米作り)にたずさわり、自給自足の生活を営むこと。
  • 自然世…直耕直食する収奪のない社会である。

それに対して現実社会は、法世すなわち、不耕食の階級社会であり、安藤昌益は懸命に耕しても餓死する農民が出る不公平を償る。ゆえに、 一人残らず直耕する平等社会を説くのである。自然真営道とは「自ずから然る=真が営む道」の意であり、安藤昌益のテーゼは米の中に天が凝縮されているという「人間=米」論である。

二宮尊徳

二宮尊徳(1787~1856)は、相模国(神奈川県小田原)の農家の生まれで、江戸時代後期の思想家・農政家である。二宮尊徳は、報徳思想を唱えて報徳仕法という農村復興政策を指導した。

  • 報徳…天・地・人の徳に感謝し報いること
  • 尊徳…荒れ地には荒地の徳があり、借金には借金の徳がある
  • 仕法…決まったやり方のこと

報徳仕法の実践は、至誠(真心を持って取り組む)を根本とし、勤労(知恵を働かせ効率化し、社会に 役立つ)、分度(身分相応に暮らし一定の余剰を残す生活)、推譲(余剰を分に応じ拠出し、扶助・救済や世の為に活用)が基本である。二宮尊徳はこの四つの「報徳仕法」を人道(人の努力でよい状態に保つ)といい、天道(地震大雨など自然現象)を生かす道と考えた。また、生涯に下野国桜町をはじめ、600カ村を再建したといわれる。

江戸時代のおさらい 庶民の生活

農業技術の進歩

箱根用水や見沼代用水の整備、新田開発によって、耕地面積が2倍近くに拡大してます。農具の改良が進み、深耕用の備中ぐわ、脱穀用の千歯ごき、選別用の千石どおし、灌漑の踏車などが考案されました。また肥料も、商品作物栽培において、干鰯、油粕などの金肥が使用されました。

  • 農具が進化…備中鍬(深耕可)、水車、踏車、千歯こき、唐臼、唐箕、千石とおし
  • 農書…「農業全書」(宮崎安貞)施肥よりも耕耘や除草の技術を中心に記述
  • 商品作物栽培…四木 =茶、楮、漆、桑。三草=麻、藍、紅花。他には煙草、菜種、木綿など
  • 一方、工業では、問屋制家内工業が発達。問屋が登場して原料や道具を用意してくれ、 農民は家で働くだけで収入を得ることができるようになる。

商業の発達

江戸・大坂・京都を三都と呼び、「将軍のお膝元」である江戸は政治都市として発達し、18世紀前半には、人口100万人を超えました。商業都市である大坂は、諸藩の年貢米や特産物を保管する蔵屋敷が軒を並べ、京都は、文化・宗教都市としての特色がありました。

  • 蔵屋敷(大消費地)で保管・販売
  • 蔵役人(蔵元=販売、掛屋=送金)が扱う
  • 株仲間の結成…問屋・仲買による同業組合(利益独占)
  • 両替商…預金、貸付おこなう

交通の発達

江戸日本橋を起点とする幕府直轄の主要幹線道路を総称して五街道といい、宿駅がおこあれ、一里塚という路程評、「入鉄砲に出女」を取り締まる関所が設けられました。

  • 五街道の整備…東海道、中山道、甲州、奥州、日光道中
  • 宿場…大名が参勤交代をするために宿る場所として整備
  • 関所の設置…箱根、新居、碓氷、木曽福島。治安維持のため。
  • 南海路…菱垣・樽廻船
  • 東西廻り航路…河村瑞賢が整備
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク