【高校倫理】デカルトと方法叙説

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【高校倫理】デカルトと方法叙説についてまとめています。

デカルト

デカルト(1596~1650)にとって、科学の魅力(不思議)は、その「確実性」にあった。したがって、科学の基礎付けとは「絶対確実性」の発見を意味していた。

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方法叙説

デカルトが41歳で最初に世に問うた著書「方法叙説(方法序説の訳語もある)」(1637)は、「良識(ボン=サンス、理性)は、この世で最も公平に配分されている」で始まり、デカルトの精神的自叙伝と思想の概略が平易なフランス語で述べられている。全体は6部からなり、第一部は学校の学問に失望した理由と既成の学問 (スコラ哲学)批判、第二部は三十年戦争 (1618 ~ 48)に従軍した1619年ドイツの〈炉部屋)で発見した真理と方法、第三部で同時期に信念とした道徳(仮の道徳)が述べられて、「屈折光学」「気象学」「幾何学」の試論が続く。 ここで「良識」とは、真偽を正しく判断する能力であり、「理性」のことである。

  • 1588年…イギリス、スペインの無敵艦隊を撃破
  • 1618年…三十年戦争
  • 1648年…ウェストファリア条約(三十年戦争終結)

方法的懐疑

方法的懐疑とは、誰も疑えない「絶対確実なもの」を探究するための方法としての懐疑である。徹底的な懐疑は、個々の知識や学問ではなく、認識能力の吟味が試みられた。すなわち、感覚や記憶は間違うことがあり、そして算数や幾何学の単純な問題の解答も疑うことは可能である。すると、「絶対確実なもの(絶対確実性)」 は存在しないのだろうか。

真理

真理は「われ思う、われあり」である。「方法的懐疑」をしている。疑ったり思ったり考えている自分自身の存在だけは、思っている間は確実に存在している。その自分の存在を疑っても同様である。けれども。当たり前すぎて“それがどうした?!”と叫びたくなる。デカルトが発見したのは、「理性的自我」の確実性であり、確実に発展していく科学の真理基準の発見を意味していた。したがって。不平等なことの多い世の中にあって。「良識(理性)」だけは誰もが平等に備えている。

大陸合理論

大陸合理論とは、イギリス経験論との対比で人間は生得的に(生まれながら)理性を持ち、理性の内省能力で原理を把握し、原理から演繹的にさまざまな法則を導き出す科学が可能であると考えるグループで、以下の三名が代表である。

  • デカルト(仏)…思惟する(考える)われの実体と延長するもの(生物も含む物質)との「物心(実体)二元論」を述べたが、晩年、身心相互の関係に関する『情念論』(1649)を著わした。
  • スピノザ(蘭)(1632~77)…画家フェルメール(1632 ~75)と同時代に生き、主著『エチカ』(1677)で「神即自然」という「汎神論」によって「神(実体)一元興」を説いたが、長く無神論者とみなされてきた。
  • ライプニッツ(独)1646 ~ 1716) …宇宙に無数に存在する分割不可能な単子(本質)を著書『モナド論』(1714)で展開した。
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