【高校倫理】鎌倉仏教

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【高校倫理19】鎌倉仏教について記述しています。

  • レベル:標準
  • 対応:定期テスト・実力テスト・入試
  • 重要度:非常に重要

鎌倉仏教

末法思想とは、釈迦入滅後、「正法」、「像法」の二千年を経過したつぎの一万年の「末法」の時代には、教えだけが残り。修行しても悟りを得ることはできないという歴史観(思想)である。日本では、平安時代末期(1052年)から末法に入ったと考えられ、この年、藤原頼道(関白)は宇治平等院に阿弥陀堂(鳳凰堂)を建立した。

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平安時代末期

平安時代の末から、保元の乱・平治の乱・源平の乱など戦乱があいつぎ、それに加えて、ききん(作物が実らず、飢えに苦しむこと)や災害なでも起こり末法思想が広がりました。社会不安は、増大し、人々は、心のよりどころを求めるようになったことが、背景。

法然

浄土宗の開祖である法然(1133 ~ 1212, 源空)は、平安時代末期の「末法思想」の不安が広がる中で、凡夫であってもすべての人は念仏(南無阿弥陀仏)を称える(口称念仏)だけで極楽浄土へ往生できる、という「専修念仏(せんじゅねんぶつ)」を説き、民衆の支持を広げていった。浄土教(浄土思想、浄土宗・浄土真宗・時宗 を含む)との違いは、ひたすら念仏を称える易行だけを正行としたことである。

親鸞

浄土真宗の開祖である親鸞(1173 ~ 1262)の「悪人正機」の教えとは、阿弥陀仏(如来)の本願(48願中の第18願、一切衆生を極楽浄土に救済しようという誓願、大悲心をひたすら信じる(他力)悪人(末法濁世を生きる煩悩具足の凡夫であると自覚した人)こそが、「正機(本来の対象)」であるという思想である。

人は皆「悪人(煩悩具足)」という親の人間理解が根底にあり、「善人(自力作善)」は自己反省が不十分であり、阿弥陀仏への信仰心(他力)が小さくなるという思想である。

浄土宗と浄土真宗との比較

  • 法然の専修念仏は「お願いします」の念仏
  • 親鸞の口称念仏は「ありがとうございました」の念仏

栄西

栄西(1141 ~ 1215)は、二度中国(宋)へ渡り、禅(臨済宗)を学び、日本で臨済宗を開いた。臨済宗の禅の特色は、師から与えられる「公案(問題)」を考えて坐禅し、「禅問答」に答えることで自らの仏性に目覚め、悟りに至るところにある。

道元

日本で曹洞宗を開いた道元(1200 ~ 53)は、入宋の前に建仁寺で修行しており、明全(栄西の弟子, 道元の師)を通した孫弟子にあたる一方、 道元の曹洞宗の禅は、「只管打坐(しかんたざ、ただ坐ること)」である。それは悟りを求めるのではなく、ただ坐禅するのである。

道元の真理は、「修証一等の只管打坐」、すなわち修行(修)と悟り(証)が一つになっている(一等)只管打坐という意味であり、「只管打坐」が手段で「身心脱落」が目的ではないということである。

日蓮

日蓮(1222 ~82)は、自分の名を宗派とし「法華経」の題名を唱える唱題(「南無妙法蓮華経」)だけで功徳があるという、中国にもない独創的な思想を展開した。

まとめ

比較 浄土宗 浄土真宗 時宗 日蓮宗 臨済宗 曹洞宗
開祖 法然 親鸞 一遍 日蓮 栄西 道元
寺院 知恩院 本願寺 清浄光寺 久遠寺
教え ひらすら念仏 念仏 踊念仏 題目を唱える 座禅 座禅
対象 貴族・武士・庶民 庶民・地方 庶民・地方 関東の武士 公家 北陸の武士

新しく誕生した宗教宗派は、武士や庶民の要求にこたえてわかりやすく、信仰しやすい教えだったため、旧仏教(天台宗や真言宗など)の圧迫の中で、人々の間に広がっていきました。

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