【高校倫理】諸子百家とは?

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諸子百家

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の意味で、春秋戦国時代に「中国統一のため富国強兵策を唱える多くの思想家たちがあらわれ、いわゆる「百家争鳴」の状況を表現している。各地の有力諸侯(王)は、諸子百家から好みの思想家を人材(宰相)登用し、軍政改革(騎馬戦術や外交戦術)・財政改革(産業育成や貨幣導入)に取り組んだ。

春秋戦国時代
戦国時代(前770から前221)は、周が都を鎬京(コウケイ)から洛邑(洛陽)へ移してから、秦が中国を統一までの約550年間をいう。この時代を東周時代とも称し、前403年に普が韓・魏・趙に分裂する前を春秋時代、後を戦国時代と分けることもある。春秋時代に有力諸侯たちは、周王につぐ「覇者」を名乗ったが「戦国時代」には諸侯たちは「王」を名乗り、それぞれ富国強兵策に努め、中国統一を目指した。この時代に鉄器の使用が始まり、農業も商工業も発展した。
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