【高校倫理】朱子学と陽明学

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【高校倫理22】朱子学と陽明学についてまとめています。

  • レベル:標準
  • 対応:定期テスト・実力テスト・入試
  • 重要度:よく出る

儒教

「儒教」は、死後救済でなく現世救済、個人救済でなく社会救済の宗教であり、始祖の孔子も神ではない。日本仏教の「位牌」「法事」など先祖供養に関わる習慣も、儒教起源である。

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武帝

前漢の武帝は、前136年に「五経博士」をおき、儒教を国教化した。その後「五経(「詩経」「書経」「易経」「春秋」「礼記」)」 中心に内容解釈の学問(「経学」)が、さらに「五経」の字句解釈の「訓話学」が発達した。唐の太宗(李世民)の勅で、孔頼達らが編纂した『五経正義』(全180 巻 653年完成)は、正当な解釈として「科挙」に影響した。そして、南宋の朱子は『四書集注』を著わし、元代以降、「四書」が「科挙」科目になると、「五経」よりも読まれるように なった。

朱子

朱子(1130 ~ 1200,朱嘉)は,中国宋代の儒学者で、これまでの儒学(儒教)を体系化した。性即理とは、人間の生まれながらの本性が「理」であり、「絆」という行法も入れ、中国明代に国教となった。朱子は、理気二元論の存在論から「居敬窮理」の修養法を説いた。「居敬」は、「持敬(意識の集中)」とともに「館理(理を館 める)」の修養法である。

格物致知

「格物致知(道理の追究)」とは、「窮理」と同義である。13世紀の朝鮮に伝わり、仏教にかわり官学となり、日本でも徳川幕府のイデオロギーとなった。

王陽明

王陽明(1472 ~ 1529,守仁)は、中国明 代の儒学者で、読書だけで「理」に到達できないと朱子学を批判し、仕事や日常生活の中で「理」を求めた。「即理」とは、「理」は自分の心以外にはないこと。また致良知とは、「理」は自己の中にある判断力(良知)にあることをいう。

知行合一

理一元論による「知行合一」とは、行動を伴わない知識は本物ではないという実践重視の教えで、朱子の「先知後行」を批判する王陽明の根本思想である。朱子は、「心」によって「理」は発現する(「心即理」)と客観的に「理」をとらえる朱子学を批判し、「心学」とも呼ばれた。また、修養法として心をみつめ「良知」を知る「静」と「事上練磨(事物に則した鍛錬)」を説いている。

林羅山

林羅山(1583~1657. 江戸時代初期の朱子学者)の中心思想は、「存心持敬(日常の言動をつつしみ、本来の自己に立ち返ること)」と「上下定分の理(士農工商の身分秩序, 幕藩体制の正当化)」である。

山崎闇斎

山崎闇斎(1618~82)は,「垂加神道(朱子学による吉田神道の理論付け)」という新しい体系をつくった。この神道で天真への信仰を示し,のちの尊王運動に影響を与えた。

中江藤樹

中江藤樹(1608~48,江戸時代初期の陽明学者, 近江聖人, 『翁問答(1640)』 『鑑草(1647)』)は、親に尽くず「孝」を大切にし、学問の目的を徳と人格形成におき、江戸時代の身分秩序を超えて「人間平等論」を説いた。

熊沢蕃山

熊沢蕃山(1619~91)は, 1642年から中江藤樹に陽明学を学び、1670 年には日本初の庶民学校「閑谷学問所(岡山県)」を設立した。

参考

  • 5代将軍綱吉の政治では、朱子学を官学として、湯島に聖堂を建立。
  • 生類憐みの令…病気の生類を捨てることを禁じ、食料のために魚、鳥、亀、貝を売ることを禁止。
  • 貨幣改鋳…低品位で大量発行。しかし、低品位貨幣では同額面では売りたくないため物価が上昇。
    確認【日本史】江戸時代のまとめ
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