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高校日本史「大化改新から律令国家の形成までの定期テスト対策問題」

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大化改新~律令国家の形成の定期テスト対策問題

(1)蘇我蝦夷・入鹿らが( ① )王を滅ぼしたのに対し、( ② )皇子は中臣鎌足らと共に2人を倒して公地公民制を基本方針とする改新政治をすすめた。唐から帰国した( ③ )や僧旻は( ④ )に任命され、唐の律令制度にならった中央集権国家建設を目指した。

(2)( ① )復興に協力した中大兄皇子は、白村江の戦いに敗戦後、都を( ② )宮に移し、大宰府の北方に大きな堀と土塁を設けた( ③ )を築いたり、大野城などの( ④ )を西日本に設置するなど国防に力を入れた。同時に、初の全国戸籍である( ⑤ )を作成し、初の令である( ⑥ )も制定された。

(3)乙巳の変後、政治改革を主導してきた天智天皇が亡くなると、王位継承をめぐり( ① )がおこり、大海人皇子が( ② )皇子の朝廷を倒した。大海人皇子は( ③ )で即位し天武天皇となり、( ④ )を定めて豪族たちを天皇中心の身分秩序に再編するなど中央集権化を進めた。彼の死後は、皇后であった( ⑤ )天皇が政策を受けついだ。

大化改新~律令国家の形成の定期テスト対策問題解答

(1)蘇我蝦夷・入鹿らが(①山背大兄)王を滅ぼしたのに対し、(②中大兄)皇子は中臣鎌足らと共に2人を倒して公地公民制を基本方針とする改新政治をすすめた。唐から帰国した(③高向玄理)や僧旻は(④国博士)に任命され、唐の律令制度にならった中央集権国家建設を目指した。

(2)(①百済)復興に協力した中大兄皇子は、白村江の戦いに敗戦後、都を(②近江大津)宮に移し、大宰府の北方に大きな堀と土塁を設けた(③水城)を築いたり、大野城などの(④朝鮮式山城)を西日本に設置するなど国防に力を入れた。同時に、初の全国戸籍である(⑤庚午年籍)を作成し、初の令である(⑥近江令)も制定された。

(3)乙巳の変後、政治改革を主導してきた天智天皇が亡くなると、王位継承をめぐり(①壬申の乱)がおこり、大海人皇子が(②大友)皇子の朝廷を倒した。大海人皇子は(③飛鳥浄御原宮)で即位し天武天皇となり、(④八色の姓)を定めて豪族たちを天皇中心の身分秩序に再編するなど中央集権化を進めた。彼の死後は、皇后であった(⑤持統)天皇が政策を受けついだ。

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