【高校地理】アフリカ州のポイント

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【高校地理】アフリカ州で知っておきたいことについてまとめています。

南アフリカ共和国概要

南アフリカでは、長い間、人種差別の考え方があって、1948年以降はアパルトヘイト(人種隔離政策)によって国民を白人と非白人に分け、食堂やバー・バスや鉄道・海浜や公園のベンチなどの一部、特定部分の利用を白人のみに許し、人種間の結婚をも禁じた。また、黒人労働者の賃金は白人の1割ほどしかないなど、就職と賃金が差別されるだけでなく、教育・医療においても差別を受けた。

先進資本主義国にとって、レアメタルの重要な供給国であったから、南アフリカは強硬にこの政策を続けることができていたのである。

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アパルトヘイト撤廃後

アパルトヘイトは東西対立が解けると、国際社会から激しい非難を浴び、経済制裁やオリンピックからの追放などの処分を受けた。また、この差別政策のための警察や社会機構の維持に膨大な財政支出をしなければならず、結局、1991年から1993年に関連法律の廃止と国際社会復帰が行なわれた。

しかし、黒人の熟練労働をはばんできた教育の差別は、高い失業率・犯罪発生率をもたらし、諸外国からの投資を妨げ、南アフリカの経済を劇的に成長させることはできていない。今なお、黒人居住区は灯火や水道の少ない劣悪な居住環境である。

南アフリカの鉱産

南アフリカは豊かな国で、金・銀・白金・ダイヤモンドだけでなく、鉄・マンガン・クロム・ウランなど鉱石に恵まれ、とくにレアメタルは世界有数の産出を誇っている。しかし、主要都市では夜間に外出することが危険であると、今、なお言われている。実際、高い犯罪発生率は、豊かな経済力がなお十分には黒人労働者に分配されていないことが背景にある。

南アフリカの農業

農業は、白人が経営する企業化が進み、最良の土地でブドウ園や果樹・園芸農業を行ない、またトウモロコシをはじめ白人大地主の土地を、土地を持たない黒人が耕してきた。政府は農地改革によって白人から黒人に土地が移るよう誘導しているが、なお不十分で、白人地主が黒人に襲撃される事件が起きている。

ナイジェリア 概要

ナイジェリアの土地は、村あるいは共同体に属し、これを耕作する農民には利用権が認められている。最近は、私的土地所有制度が生まれ つつある。耕作形態は移動耕作・低木休園・屋敷畑における恒常耕作などがみられ、低木休閑が最も広い面積を占める。

  • 移動耕作…植生が十分発達している土地を伐採・火入れによって開き、2~3年耕作した後、15年間休関する。
  • 低木休閑…植生の回復が不十分な土地を火入れによって開き、3~6年耕作したのち、15年間休関する。
  • 屋敷畑…住居の周辺にある耕地であり、集約的な利用が行なわれている。

ナイジェリアの農業

作物の栽培は、同一耕地に多種の作物を同時に栽培する混作 (同時栽培)が、一般的である。混作は、単位面積当たりの作物 全体の収量を上げ、密植することにより雑草の繁茂や土壌浸食を防ぐことなどを意図したものである。農家の経営は零細で、一家族当たり0.4~2ヘクタールの土地を耕作するにすぎない。その生産物は主として自給用で、余剰が販売される。

農作業は手労働で、各種の鍬・鎌・なた・斧・ナイフ・堀棒 (ハック)が用いられ、機械化は遅れている。肥料は草木灰・家庭ゴミ・あり塚の有機物や微細な土壌などで、化学肥料はほとんど使用されない。

ナイジェリアの換金作物は、地域の気候・土地条件に適した作目が選ばれ、北部のハウサ・フラニ人地域はおもに落花生・ 綿花を、西部のイボ人地域はココアとオイルパームを、東部のヨルバ人地域は南部でオイルパームを栽培している。彼らにとって、自給作物栽培は副次的であるが、そのお陰で換金作物を低価格で輸出することが可能となっている。

ナイジェリアの工業

ナイジェリアは、1960年頃から石油生産でも外貨を得られるようになっているが、油田の多くが石油メジャーの支配するところで、国営石油会社は技術的に未熟で、まだ石油の富を十分に獲得できないでいる。

  • 国際石油資本…先進資本主義国の巨大な多国籍企業で、かつては石油の生産・流通をすべておさえ、産油国を支配していた。OPEC(石油輸出国機構)による資源ナショナリズムの動きの中で、生産部門の支配力は低下したが、今なお影響力は大きい
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