【高校日本史】弥生時代のポイント

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縄文時代の晩期に、西日本に稲作が開始されました。いよいよ弥生時代の到来です。今日は弥生時代のポイントを詳しく解説します。

弥生時代

弥生時代は、大陸から文化がもたされました。重要なのは稲作・金属器の使用です。中国での秦、漢という統一国家の成立し、中国、朝鮮、日本の交流活発化になり、移住者とともに、伝わってきました。弥生土器は、600~800度の高温焼成、薄手、赤褐色、幾何文が特徴。

弥生時代のポイント!

時代 弥生時代(~3世紀中頃)
土器 弥生土器(赤褐色・薄手で硬い)甕・壺・高杯・甑(こしき)
生活 狩猟採集・水稲農耕 住居 環濠集落・高地性集落出現
埋葬形態 伸展葬が一般化、土壤墓・木棺墓・箱式石棺墓
甕棺墓・支石墓(九州北部)・方形周溝墓(近畿)
楯築墳丘墓(瀬戸内海沿岸)・四隅突出型墳丘墓(山陰~)
水稲農耕 初期:湿田、木製農具(田下駄)、直播
後期:乾田、鉄製工具農具作成、高床倉庫
金属器 鉄器(鋤先・鍬先・鉄鎌)
青銅製祭器(銅鐸・平形銅剣・銅矛・銅戈)
その他 機織り・ブタの飼育
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弥生時代に水稲農耕と金属器の使用が開始

弥生時代の最大の特徴は、大陸から伝わった水稲農耕の開始と、金属器(青銅器・鉄器)の使用になります。

佐賀県菜畑遺跡、福岡県板付遺跡など、西日本各地で縄文時代晩期の水田跡が発見され、水稲農耕が始まっていたことが明らかにされています。弥生文化は水稲農耕を基礎とし、高温で焼かれた薄手弥生土器、銅と錫の合金でつくられた青銅器、木材を伐採し加工するための石斧類、穂摘み用具の石包丁にとってかわって鉄鎌などの鉄器、脱穀用の木臼竪杵機織り技術などをともなう新文化になります。

弥生時代 石包丁・鉄鎌・木臼・竪杵

収穫物は高床倉庫貯蔵穴におさめられました。木製農具の製作にはしだいに鉄製工具が使用されるようになりました。農具の普及とともに、水田は低湿地につくられたのでなく、灌漑施設を整えた乾田の開発も進められました。計画的に生産経済が始まったので、貧富の差や階級が生じます

この時期、水稲耕作は東北地方まで伝わっています。青森県の砂沢遺跡や垂柳遺跡では水田跡が発掘されています。しかし、北海道や沖縄地方には稲作は伝わっていません。北海道と沖縄にはそれぞれ独自の文化が発展しました。

  • 続縄文文化…北海道
  • 貝塚文化…南西諸島・沖縄

弥生土器の特徴

弥生時代に使われていたのが弥生土器です。ここでもう一度、縄文土器と弥生土器の違いを見ておきましょう。

  • 縄文土器…低温で焼かれたため黒褐色で厚手でもろい
  • 弥生土器…高温で焼かれたため赤褐色で薄手で硬い

弥生土器は縄文土器と異なり、使用目的によって形が全く異なります

弥生土器

  • (つぼ)…貯蔵用
  • (かめ)…煮炊き用
  • 高杯(たかつき)…盛り付け用
  • (こしき)…米などを蒸す

鉄器・青銅器の使用

弥生時代には金属器の使用が始まります。この時期に鉄器と青銅器の両方が同時に日本に伝わります鉄器武器や農具など実用的なものに使われ、青銅器祭祀などとして使われます。

鉄器は農具として、鍬や鋤の刃の部分や鉄鎌として使用され、青銅器は祭祀として、銅鐸・銅矛・銅戈・平形銅剣・銅鏡として使われ巨大化していきます。青銅器の分布には特徴があるので、おおよその発掘場所を確認しておきましょう。

  • 銅鐸(どうたく)…近畿地方中心に広く分布
  • 平形銅剣(ひらがたどうけん)…瀬戸内海中部に分布
  • 銅矛・銅戈(どうほこ・どうが)…九州北部を中心に分布

青銅器

地域で特徴がわかれる墓制

死者の埋葬の方法ですが、縄文時代と同じように共同墓地に埋葬されますが、副葬品を伴うものもあらわれ、貧富の差が生じていたことがわかります。

埋葬方法も屈葬から伸展葬が一般化します。そのため、土壙墓(どこうぼ)・木棺墓箱式石棺墓などがつくられるようになります。また、墳丘墓といって、土を盛った形の墓も登場します。地域ごとに差が大きいのが特徴です。

  • 九州北部甕棺墓やその上に石を置いた支石墓
  • 近畿…墳丘のまわりに溝を掘った方形周溝墓
  • 瀬戸内海沿岸…大型の墳丘墓である楯築墳丘墓(岡山)
  • 山陰~北陸四隅突出型墳丘墓

甕棺墓 支石墓 方形周溝墓

弥生時代の遺跡

次の遺跡を地図上で確認しておきましょう。

  • 向ヶ岡貝塚(東京)…弥生町遺跡、弥生土器の発掘
  • 唐古・鍵遺跡(奈良)…稲作文化であることを証明。環濠集落
  • 登呂遺跡(静岡)…高床倉庫、水田跡が初めて発掘された
  • 吉野ケ里遺跡(佐賀)…環濠集落、縄文晩期の水田跡
  • 板付遺跡(福岡)…環濠集落、縄文晩期の水田跡
  • 紫雲出山遺跡(香川)…高地性集落
  • 砂沢遺跡(青森)…弥生前期、水稲耕作の跡
  • 垂柳遺跡(青森)…弥生中期、水稲耕作の跡
  • (神庭)荒神谷遺跡(島根)…大量の銅剣・銅矛・銅鐸
  • 加茂岩倉遺跡(島根)…大量の銅鐸
  • 楯築墳丘墓(岡山)…直径40mの円形の墳丘

弥生時代の遺跡

弥生時代 確認問題

次の( )に適する語を入れよ。

(1)約2700年ほど前、九州北部で稲作が始まる。佐賀県の( ① )遺跡などでは縄文土器を使用しながら水稲耕作が行われた。また、最北の水田跡として青森県の( ② )遺跡も有名である。

(2)北海道や南西諸島には稲作は伝播せず、北海道では独自の( ① )文化、沖縄では( ② )文化が発展した。

(3)弥生文化の特徴の一つに、銅と錫の合金でつくられ主に祭祀として使われた( ① )と、武器や農具として使われた( ② )の使用がある。

(4)稲の収穫は( ① )による穂首刈りに加えて、後期には( ② )による根刈りも開始された。稲作は前期は湿田耕作であったが、中・後期には大規模な灌漑設備を設けた( ③ )が拡大した。

(5)土器は弥生土器が使用された。高温で焼かれているため色は( ① )で薄くて硬いのが特徴。使用目的に応じて形が異なり、貯蔵用の壺や食物を盛る( ② )などが使用されるようになった。

(6)竪穴住居の集落は外敵から防御するために( ① )をめぐらした集落になっており、佐賀県の( ② )遺跡や、奈良県の( ③ )遺跡などが有名である。また、香川県の( ④ )遺跡は逃げ城的な性格を持つ( ⑤ )集落となっている。

(7)死者の埋葬は屈葬から( ① )が一般的になり、九州北部地域では( ② )や支石墓、近畿周辺では周りに堀をめぐらした( ③ )、山陰から北陸地域では4つの隅に特徴がある( ④ )、瀬戸内海周辺では大型の墳丘墓がつくられた。

弥生時代 確認問題 解答

次の( )に適する語を入れよ。

(1)約2700年ほど前、九州北部で稲作が始まる。佐賀県の(①菜畑)遺跡などでは縄文土器を使用しながら水稲耕作が行われた。また、最北の水田跡として青森県の(②砂沢)遺跡も有名である。

(2)北海道や南西諸島には稲作は伝播せず、北海道では独自の(①続縄文)文化、沖縄では(②貝塚)文化が発展した。

(3)弥生文化の特徴の一つに、銅と錫の合金でつくられ主に祭祀として使われた(①青銅器)と、武器や農具として使われた(②鉄器)の使用がある。

(4)稲の収穫は(①石包丁)による穂首刈りに加えて、後期には(②鉄鎌)による根刈りも開始された。稲作は前期は湿田耕作であったが、中・後期には大規模な灌漑設備を設けた(③乾田)が拡大した。

(5)土器は弥生土器が使用された。高温で焼かれているため色は(①赤褐色)で薄くて硬いのが特徴。使用目的に応じて形が異なり、貯蔵用の壺や食物を盛る(②高杯)などが使用されるようになった。

(6)竪穴住居の集落は外敵から防御するために(①環濠)をめぐらした集落になっており、佐賀県の(②吉野ヶ里)遺跡や、奈良県の(③唐古・鍵)遺跡などが有名である。また、香川県の(④紫雲出山)遺跡は逃げ城的な性格を持つ(⑤高地性)集落となっている。

(7)死者の埋葬は屈葬から(①伸展葬)が一般的になり、九州北部地域では(②甕棺墓)や支石墓、近畿周辺では周りに堀をめぐらした(③方形周溝墓)、山陰から北陸地域では4つの隅に特徴がある(④四隅突出型墳丘墓)、瀬戸内海周辺では大型の墳丘墓がつくられた。

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