大学受験・センター倫理「入試によく出る人物まとめ」

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今回は、センター入試や大学入試よく出る人物をまとめてみました。この記事に出ててくる人物は、最低限おさえておくべき人物で、一人でも欠かしてしまうと平均点をとるのは、難しくなるでしょう。

【倫理】入試によく出る人物のまとめ(外国人編)

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エリアーテ

宗教学者のエリアーテは、「死と再生(インシエーションの宗教的意義)」の中で、イニシエーションの目的は、「加入させる人間の宗教的、社会的地位を決定的に変更すること」、つまり、全く別人となることだと述べています。
確認【高校倫理】青年期の意味「つまずき体験」

フロイト

「精神分析学(Psychoanalysis)」を創始したオーストリアの精神科医フロイトの生きた19世紀は、ヒステリーが代表的な精神病であった。20世紀になると、統合失調症(2002年までは精神分裂病といわれ、連合障害と自閉症状が特色である)が中心となりました。精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、20世紀以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えました。局所論(意識・前意識・無意識)、構造論(自我・超自我・イド)、性的発達理論(口唇期・肛門期・男根期・エディプス期・潜伏期・性器期)、生の本能(エロス)・死の本能(タナトス)を唱え、主な著書として、『夢判断』、『精神分析入門』があります。

ユング

スイスの精神科医・心理学者。深層心理について研究、分析心理学を創始した。分析心理学は、ユングが創始した深層心理学理論で、心理療法理論です。ユング心理学とも呼ばれます。 コンプレックス(感情複合)の現象を研究したユングは、言語連想実験等を通じて深層心理の解明を志向し、当時、精神分析を提唱していたウィーンのジークムント・フロイトから大きな影響を受けました。
確認【高校倫理】精神分析「欲求不満と防衛機制」

デモクリトス

無(kenon, 空間)の中で原子 (atom, アトム)が結合・ 分離を繰り返し世界が成立していると考え、魂(精神)や自由を否定した(唯物的世界観、機械論的世界観)。

ソフィスト

ソフィストは、前5世紀の民主政治を背景に、高い報酬でレトリック(弁論術、修辞学)の技術を教援した。その代表者プロタゴラスの人間は万物の尺度とは、法律もポリスによって違い、寒暖涼暑の感覚も人それぞれで、善悪の倫理るときと場と場合で異なるなど、客観的真理・絶対的価値観はなく、主観的・相対的審理しかないという相対主義を表現しています。したがって、絶対的真理は知り得ないという不可知主義(懐疑主義)の思想を表明したものでもあります。一方、自然哲学者たちは、自然(世界)を対象とし、普遍(絶対的真理であるロゴスを探究したのでした。

ヘラクレイトス

自然哲学者のヘラクレイトスは ロゴス(法則、秩序)による自然界の生成変化こそ真理(「万物流転)であり 水深不変の存在はないと説いた。同時代(前5世紀頃)のパルメニデスは「万物は変化せず、永遠不変である」と説きました。両者を調和させたのが、エンペドクレス(前450頃)で、存在(地・水・火・風の四元素)は変化しないが統合・分離によって変化消滅するようにみえると説明しました。
確認【高校倫理】自然哲学「観想の態度」

ソクラテス

(前470~前399) ギリシャの哲学者。よく生きることを求め、対話を通して善・徳の探求をしつつ、知らないことを知らないと自覚すべく自己を吟味することとしての哲学(無知の知)により、自己の魂に配慮するように勧めた。しかし、この活動は反対者の告発を受け有罪とされ、獄中に毒杯をあおいで死んだ。著作はなくプラトン・クセノフォンなどの書物により伝えられています。ソクラテス自身による著作はなく、弟子であるプラトンらが記したものが典拠。主な概念として、無知の知、アレテー(徳)、問答法(産婆術)、ソクラテス的アイロニーを説く。
確認【高校倫理】ソクラテス「徳の追求と無知の知」

プラトン

プラトン(前427~前347)の問題意識は、師のソクラテスと同じ「人間として善く生きる(アレテー、 徳)」の追究でした。アテネの名門に生まれたプラトンは、20歳頃にソクラテス(60歳代)の人格に魅かれて門下となりましたが、28歳のときソクラテス(70歳頃)が死刑となり、アテネ民主政治に失望するとともに、師のソクラテスの問題を継承し、探究し始めました。主な概念として、イデア、感性の二元論。著書に、『ソクラテスの弁明』、『クリトン』『饗宴』、『パイドン』、『国家』、『パイドロス』など。
確認【高校倫理】プラトン「イデア論」

アリストテレス

アリストテレス(前384 ~前322)の問題意識も、師プラトン同様の「人間として善く生きるには?」であった。しかし、現実主義の立場から徳(アレテー)を追究したのである。そのために、プラトンの 「イデア論」を厳しく批判し、現実の個物に本質(形相, エイドス=プラトンのイデア)が内在しているという「エイドス論」を展開した。プラトンに師事し、プラトンの徹底した観念論に対し、経験的に与えられる個物を重視しました。また実在論を展開したことでも知られています。主な概念として、中庸 (ギリシア哲学)、理性、論理学、三段論法。著書に、『形而上学』、『自然学』、『弁論術』、『オルガノン』。
確認【高校倫理】アリストテレス「エイドス論」

老子

老子は、「大道廃れて仁義あり」儒家が仁義の道(人倫)を説くのは、本来の「道(自然の大道)」が廃れているからであると儒家を批判した。本来の「道(自然の大道)」とは、「無為自然(わざとらしい作為のない姿)」であり、「上善は水の若し」(『老子』)と柔和で謙虚な争わない心(「柔弱謙下」)で生きることを善とした。 また、本来の「道(自然の大道)」の政治を「小国寡民(素朴で柔和な心の人の住む小国家)」で満足すべしと説 た。

荘子

荘子は、「万物斉同」という「道(タオ)」を説く。それは、是非善悪や美醜好嫌の分別は相対的にすぎず、相対性を超越する「道=万物斉同」を悟ることである。「心斎坐忘」とは,「道(タオ)」を悟る方法であり、「心斎」は一切の分別判断を捨て去り心を「道」と一体化すること、「坐忘」は五感を超え宇宙自然の働きにゆだねることである。何ものにも拘束されない自由な悟りの境地で、この境地を遊ぶ達人を「真人」という。
確認【高校倫理】老荘思想

孔子

孔子(前 551 ~前479,魯の人,名は丘)は、 儒家の祖で、その言行録は『論語(全20 篇)』である。儒教の四書(「大学」「論語」「孟子」「中庸」)の一つとして、朱憲(朱子, 南宋の思想家)が重要視した。孔子は「朝」に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり」(「里仁」篇)と「道(生き方、人倫)」への情熱を語っている。その「道」とは、「仁(礼の心)」であり、「礼(仁の形)」であった。「仁」の本質を「想(おもいやり)」として「己所」 不欲、勿施於人(己の欲せざる所は、人に施すなかれ)」(顔淵篇)と説き、礼の本質を「克己復礼為仁(己に克」 ちて礼にかえるを仁と為す)」(顔淵篇)と説いている。

孟子

孟子(前372 ?~前 289) は、戦国時代の儒学者で、孔子の「仁」を「仁義」と発展させて、「王道政治(軍事力による「覇道」でない政治)」を説いた。「義」とは、人として踏む正しい道であり,この義でなければ「浩然の家 (道徳的エネルギー)」は発揮されない。また。人は生まれながら善であるという「性善説」の立場であり、誰の心にも「四端(芽生え)」の「側隠の心→仁」「震悪の心→義」「辞譲のル→礼」「是非の心→智」があり成長」て「四徳(仁義礼智)」となり、前漢の董仲舒が「信」を加え「五常」とし、「父子親あり、君臣差あり、婦別あり長幼序あり,朋友信あり」(『孟子』)の「五備」とともに「五倫五常」の道徳といわれる。

荀子

一方「性悪説」に立つ荀子(前 298 ?~前 235 ?)も戦国時代の儒学者で、孔子の「礼」(道徳規範)を重視して、礼治主義の立場から実力主義・成果主義の有効性を説いた。弟子の韓非や李斯は、「法」による厳しい政治である法治主義を説き、法家思想を完成した。
確認【高校倫理】儒家思想(孔子・孟子・荀子の教え)

ルクレティウス

ルクレティウス(前94~前55、共和政ローマ末期の詩人・哲学者)は、全6巻の長編詩『事物の本性について』で エピクロスの唯物的宇宙(原子)論と無神論を詩の形式で解説した。

キケロ

ストア派のキケロ(前106 ~前43、ローマの雄弁家・政治家)は カエサルと並ぶラテン語散文の名手で、『義務について』『国家論』を著した

セネカ

セネカ(前1~65、ローマ帝国の政治家・哲学者)は、有名な『人生の短さについて』で「人は、自分自身のために暇を持つべき」であると述べている。

マルクス・ アウレリウス・アントニヌス帝

マルクス・ アウレリウス・アントニヌス帝(位161~180)は、ローマ帝国の最盛期であった五賢帝の最後の皇帝で、『自省録』を著した。「死に対して精神を平静に保つべき」と倫理学重視の態度がみられる。
確認【高校倫理】ヘレニズム思想「心の平静」

マックス=ウェーバー

マックス=ウェーバー(1864 ~ 1920,宗教社会学者)は、ユダヤ教の革新性は「宗教の合理性」にあり、すなわち、それまでの宗教の呪術(人間が神を操る)からの脱却にあったと指摘している。イスラム教も それを受け継いでいる。ユダヤ教とイスラーム教ともに「規範(ノルム)」宗教でもあり、独自の外面的行動をエトス(行動様式)とする典型的な宗教である。一方、キリスト教や日本人の信仰は無規範宗教とみることができる。規範(ノルム)とは、命令(「これをしなさい」)と禁止(「あれをするな」)の外面的行動を要求するものである(人間の内面は判定できない)。

ムハンマド

イスラム教の創始者ムハンマドの「最後で最高の預言者」という位置付けが、イスラム世界の近代化(現代化)を遅らせる原因ともなっている。すなわち、最後の預言者なので時代の変化に合わせて新しい教義に出来の停滞を余儀なくされてしまうのである。残されているのはコーラン(クルアーン)の解釈だけである。ユダヤ教とイスラーム教には僧侶は存在しない。
確認【高校倫理】ユダヤ教とイスラム教

アウグスティヌス

アウグスティヌス(Augustinus, 354 ~ 430)は、ローマ帝国末期に北アフリカのタガステ(現アルジェリア) に生まれ、23歳頃マニ教(摩尼数、3世紀ササン朝ペルシャのマニがゾロアスター教を中心に他の宗教を組み合わせた善悪二元論の新宗教を創始)に帰依し、母モニカの影響でキリスト教に回心する(32歳頃)。その後、北アフリカの小都市ヒッポ司教として著作活動し、生涯を終えた。教父とは、2~8世紀にキリスト教正統教義や教説を著述した権威ある神学者のことである。

トマス=アクィナス

トマス=アクィナス(Thomas Aquanas, 1225 ~ 74)は、南イタリア(ナポリ王国)の名門貴族に生まれ、イスラムのアヴェロエス(イブン = ルシュド)のアリストテレス哲学の影響を受け、大著『神学大全で中世のスコラ哲学(神学)を大成した。人間理性が証明できる 龍園(神の存在と本質)と信仰が対象とする範囲(イエスの復活と奇蹟)を明確に分けて、「理性の限導」と「信仰の優位」を明示して、両者を調停した。
確認【高校倫理】キリスト教

ルター

17世紀はじめに、ドイツ(当時は「神聖ローマ帝国」)のルター(Martin Luther. 1483 ~ 1546)が、「95カ条の論題」をヴッテンベルク大学(城)の扉に掲示して、贖宥状(しょくゆうじょう)とカトリック教会を批判したことに始まる。この議題は聖書のドイツ語訳とともにグーテンベルク(金属加工職人)が発明した活版印刷術で改革運動は広まった。ルターは、讃美歌を作曲し、結婚し、三男三女の子供をもうけた。

エラスムス

自由意志論争を、ネーデルランドの人文学者エラスムス (1466 ~ 1536)と闘ったルターは、自由意志文書定し、卵も神から与えられる恩寵と考え、個人が神と直接つながる「万人司際説」「聖書中心主義」「信仰義認説」を展開した。

M.ウェーバー

M.ウェーバー(Max Weber, 1864 ~ 1920)は、著書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(1905)で、カルヴァンの予定説が従来の苦役という労働観を世俗の職業も天職として勤勉に励み続ける行動的禁欲と、倹約による貯蓄を義とするエトス(行動様式)の変換を創造したと説いた。
確認【高校倫理】宗教改革

仏陀(シッダールタ)

シッダールタ(仏陀)の問題意識は、人生の苦悩(生・老・病・死の「四苦」さらに愛別離苦・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不徳苦(ぐふとくく)・五蘊盛苦(ごうんじょうく)を加えた「四苦八苦」を、いかにして克服するかというすべての人間に共通するものであった。
確認【高校倫理】仏陀(ブッダ・シッダールタ)の教え

ナーガールジュナ

ナーガールジュナ(龍樹, 150 ~ 250 頃)は、『中論(409, 鳩摩羅什の訳)』を著わし、「縁起の法(仏陀の悟り」にもとらわれない心として「空=無自性」を説いた。これは、有と無の両端を排した「中観」ともいう。

アサンガ・ヴァスバンドゥ兄弟

ガンダーラ地方出身のアサンガ(無着)とヴァスバンドゥ(世親,400 ~ 480 頃)兄弟は、「唯識論」で大乗仏教思想を完成させた。「唯識」とは,すべてはただ(唯)八種類の「識」、すなわち五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)と意識と二種の無意識(「末那識(煩悩, 我執)」「阿羅(頼耶識(カルマの主体, 前世の記憶)」)にすぎず、こだわらない自由な心を説いている。
確認【高校倫理】大乗仏教思想

フランシス・ベーコン

イギリス経験論の中で、自然研究の究極の目標は自然の技術的支配にあると主張。4つのイドラ(人間の陥りやすい偏見、先入観、誤り)、現実の観察や実験を重んじる「帰納法」を唱える。

トマス・ホッブズ

社会契約伝統の近代創設者で、物体論、人間論、国家論で有名。自然状態に於ける生とは「孤独、貧困、不快、粗暴、短い」と述べる。主な著書に『リヴァイアサン』

ルネ・デカルト

合理主義哲学(大陸合理論)であり近代哲学の祖。スコラ哲学に対する失望から、数学を愛し自然の科学的研究にいそしんだ。方法的懐疑、実体二元論、直交座標など唱え、「我思う、ゆえに我あり」と述べたことが有名。

ブレーズ・パスカル

数学者・物理学者でありモラリストでもある。パスカルの定理、パスカルの三角形「人間は考える葦である」が有名で、著書に『パンセ』。

ジョン・ロック

イギリス経験論で、タブラ・ラーサ、「被統治者の同意に基づいた政府」、自然状態、生命の権利、自由と財産権、「事象記述の平明な方法」を唱え、『統治二論』(『市民政府二論』)、『人間知性論』を著す。

ジャン=ジャック・ルソー

フランス啓蒙期の思想家。社会契約、ロマン主義、共産主義の先駆者です。一般意志、自然状態、社会契約、完成可能性を唱え、『社会契約論』、『エミール』、『人間不平等起源論』などを著す。

イマヌエル・カント

バークリーの観念論、あるいは経験論を批判し、ドイツ観念論哲学の基盤を築く。理性批判、定言命法、超越論哲学、物自体を唱えました。主な著書に、『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』があります。

ジェレミ・ベンサム

功利主義の提唱者です。主な概念として「快楽や幸福をもたらす行為が善である」、「最大多数個人の最大幸福」、パノプティコンを唱えました。著書に『道徳及び立法の諸原理序説』があります。

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル

ドイツ観念論。近代哲学と現代哲学の分水嶺。絶対観念論、弁証法、止揚、主人と奴隷の弁証法を唱える。『精神現象学』、『エンチクロペディー』、『法哲学・要綱』が主な著書。

ジョン・スチュアート・ミル

ベンサムの功利主義を擁護。経済学者でもある。社会民主主義・自由主義思想に多大な影響を与え、晩年は自ら社会主義者を名乗り、『功利主義論』、『自由論』が主な著書。

カール・マルクス

科学的社会主義の共同創設者(フリードリヒ・エンゲルスと共に)、史的唯物論、剰余価値、労働者の搾取、階級闘争を唱え、『資本論』、『共産党宣言』を著す。
参考マルクス経済学

セーレン・キェルケゴール

実存主義の創始者。ヘーゲル哲学の観念的な普遍性を拒否しました。著書に、『死にいたる病』、『哲学的断片』、『不安の概念』。

フリードリヒ・ニーチェ

実存主義、反キリスト、反ユダヤ主義、反国粋主義を唱える。著書に『悲劇の誕生』、『反時代的考察』、『悦ばしき知識』、『ツァラトゥストラはこう語った』がある。

ジャン=ポール・サルトル

無神論的実存主義。現象学と存在論を独自の解釈で継承したのちに実存主義とマルクス主義との融合をめざしました。主な著書に『存在と無』、『嘔吐』があります。

【倫理】入試によく出る人物のまとめ(日本人編)

折口信夫

折口信夫(1887 ~ 1953,柳田の高弟, 民俗学者,国文学者)は、神話や文学から古代人の思考を探究した。現地調査から, 日本の神は「まれびと(稀人, 客人)」であり、共同体の外(生命みなぎる「あの世」)からの来訪者と考えたところが師柳田国男と見解の相違がある。

折口信夫の「類化性能(現代人は違いを知る「別化性能」)」という古代人の思考は、アナロジー(類比 比喩)の 思考である。たとえば、「月」を見聞して何を連想するかであり、冬(冬至)祭は、精霊(スピリット, 神)の霊力を増やし蓄える(フユル,冬ル)祭りである。人間が森の中で自然と一体となって生きた基層文化の縄文土器(約1.2万年前)文化は、今も石狩鍋・猪鍋・すき焼などに継承されている。
確認【高校倫理】日本の基層文化

最澄

19歳の最澄(現在の滋賀県大津市生まれ)は、東大寺で具足戒(僧侶が守る戒律)を受けたが、わずか3カ月後には比叡山(霊山として信仰)に入り、一乗止観院(のちの延暦寺根本中堂)という草庵で悲願 (『願文』)を決意し、12年間修業(止観、深い瞑想)した。偶然の幸運(和気広世…和気清麻呂の長男)から平安京遷都(794)する桓武天皇の龍僧となり、804年中国の天台宗を直接学ぶために遣唐使の一員として入唐する。 異例の通訳付き短期「還学僧」として天台山で8カ月学び、天台秘蔵の典籍230部460巻を持ち帰る。

空海

19歳の空海(現在の香川県善通寺市生まれ)も大学寮での「明経道(みょうぎょうどう,儒学, 官僚の道)」を捨て、山林修行に入り、24歳で反対する親族への出家宣言である『三経指帰』を書いた。最澄と同じ804年の遣唐使の一員で、20年の「留学僧」として入唐する(30歳)が2年間で帰国する。
確認【高校倫理】平安仏教(最澄と空海の教え)

林羅山

林羅山(1583~1657. 江戸時代初期の朱子学者)の中心思想は、「存心持敬(日常の言動をつつしみ、本来の自己に立ち返ること)」と「上下定分の理(士農工商の身分秩序, 幕藩体制の正当化)」である。

山崎闇斎

山崎闇斎(1618~82)は,「垂加神道(朱子学による吉田神道の理論付け)」という新しい体系をつくった。この神道で天真への信仰を示し,のちの尊王運動に影響を与えた。

中江藤樹

中江藤樹(1608~48,江戸時代初期の陽明学者, 近江聖人, 『翁問答(1640)』 『鑑草(1647)』)は、親に尽くず「孝」を大切にし、学問の目的を徳と人格形成におき、江戸時代の身分秩序を超えて「人間平等論」を説いた。

熊沢蕃山

熊沢蕃山(1619~91)は, 1642年から中江藤樹に陽明学を学び、1670 年には日本初の庶民学校「閑谷学問所(岡山県)」を設立した。
確認【高校倫理】朱子学と陽明学

山鹿素行

山鹿素行は、「聖教要録』(1665)で孔子・周公の教えに帰るべきと朱子学を批判し、古学を宣言した。山鹿素行の説く武士道とは、「武道」から「士道(教養ある武士)」への転換、人格的に優れ模範となる存在を目指すべきことを説いている。朱子学の注釈や解釈を捨てて、「孔子」の書に直接依拠しようとしたところが「古学」の先駆とされる。

伊藤仁斎

伊藤仁斎は、朱子学を批判し、『論語』を最上第一の書とし、『孟子』を補助とする二書の原義に戻ろうという古義学を創始者した。京都堀川の自宅に私塾「古義堂」を開き(1662)、門弟三千人を集めた。『論語古義』(全10巻, 論語の注釈書)『孟子古義』『童子門』が代表作である。伊藤仁斎は、「誠 (いつわり飾ることのない心)」を「誠ならざれば、仁, 仁にあらず」と最も大切にしている。
確認【高校倫理】古学思想

荻生徂徠(おぎゅうそらい)

荻生但森(1666 ~ 1728, 儒学者)は、仁斎の古義学を攻撃し、『弁道』『弁名」によって、より徹底した古文辞学を創始した。古文辞とは、中国語としての古典を中国語で発音し、制度文物の研究も総合して、「先王の道」を探究することである。また、徳川店宗(第8代将軍、位 1716 ~ 45)の内命によって『太平策』『政談』を著わし,「経世済民(世をおさめ,民をすくう)政治学としての祖神学を展開した。

本居宣長

本居宣長 (1730~1801,江戸時代後期、国学の大成者)は、三重県松坂の木綿問屋に生まれ、1763年(34歳)5月25日に松坂の旅宿での賀茂真淵との偶然の出会いを契機に、『古事記』研究を始めた(『古真記伝(全4巻)』完成は、 1798年69歳)。二人が会ったのはこの一回であったが、以来, 手紙の往復が続く。 本居宣長は、『源氏物語玉の小櫛(全9巻 注釈書)』(1796年67歳)の「物のあはれ」論にみられるように、人間の素直な欲望や感情を肯定し、「物のあはれ」を知る同情・共感能力を身につけている人を「心ある人」といい、そうでない人を「心なき人」という。

平田篤胤

平田篤胤(1776~1843,江戸時代後期、国学者)は、「復古神道(古神道,古道)」の大成者である。本居宣長の死後に門弟となり、1812年(37歳)に、思想の中核をなす霊能真柱(たまのみはしら)』を書きあげた。またこの頃、『古道大意』などの講本も執筆され、平田学の根幹はでき上がっていた。

契沖

契沖(1640~1701, 江戸時代中期の真言宗の僧、国学者)は、摂津国(兵庫県) 尼崎に生まれ、徳川光圀(1628~1701, 水戸藩第二代藩主,水戸黄門)から委嘱された『万葉代匠記』(1690,万葉集の注釈書)など、実証的学問法による著作は、国学の発展に寄与した。

荷田養満

荷田養満(1669~1736,江戸時代中期、国学者)は、京都伏見稲荷の神職の子として生まれ、和歌・神道・国史(律令・有職故実)を研究し、「復古神道」を提唱した。『創学校啓文』を 1727年に江戸幕府に提出して国学の学校をつくるよう願い出たが、実現しなかった。

賀茂真淵

賀茂真淵(1697~1769,江戸時代中期、国学者)は、遠江国浜松の村社の禰宜の子として生まれ、『万葉集』などの古典研究を通して古代日本人の精神(古道)を追究し、「万葉主義」を主張した。『万葉考』は、最も精力を傾けた著作である。賀茂真淵は平安期成立の『古今集』は、技巧を弄した「たおやめぶり」と批判し、『万葉集』の歌にこそ力強い精神である「高き直き心」があらわれた「ますらをぶり」であり、本来の日本精神(古道)であると説いた。

安藤昌益(あんどうしょうえき)

社会思想家・医者。天災・ききんに見まわれ、悲惨な生活に追われる農民の立場に立って『自然真営道』を書き、封建制度を批判した。とくに、働はたらかないで贅沢をしている武士階級を批難。すべての人が生産に従事する平等な社会を理想とした。

二宮尊徳

農政家。農家に生まれ、没落した家を再興。それが広まり、諸藩・諸村の復興に尽力、後に幕臣となりました。徹底した実践主義者で、その思想・行動は報徳社運動として受け継がれます。
秋田の二宮尊徳「石川理紀之助」現代人に響く言葉

福沢諭吉

学者・啓蒙思想家。慶応義塾の創始者であり、伝染病の研究や翻訳家としても偉大な成果を残した人。『学問のすゝめ』は人間平等宣言と一身独立・一国独立、独立自尊の主張により、ベストセラー。そのほか、主な著書に「西洋事情」「文明論之概略」などがあります。
参考学問のすゝめ(著)福沢諭吉
参考福澤諭吉と本居宣長の共通点

小此木啓吾(おこのぎ けいご)

日本の心理学者小此木啓吾は、「青年期の延長」に伴う「新しいモラトリアム心理」の特徴を、むしろ青年期を楽しみ、就職・結婚という決断を先送りして、いつまでもモラトリアム状態を続けていたいという今の状態を楽しむ所に求め、それらの青年たちを「モラトリアム人間」と名付けました。「モラトリアム人間」の心理は青年だけでなく、世代をこえて現代人の深層心理となっていると指摘しています。
確認【高校倫理】青年期の課題「個性の追求」

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