遺伝子の本体が何かを明らかにする大きな手がかりとなったのが、肺炎双球菌の形質転換を用いた実験です。グリフィスの実験で「何か」が形質を変化させることが示され、エイブリーらによってその「正体」がDNAであると突き止められました。本記事では、この一連の流れをわかりやすく整理し、テストに出やすいポイントと練習問題を掲載しています。
肺炎双球菌
肺炎双球菌とは、その名の通り肺炎を引き起こす細菌で、肺炎の他にも敗血症、髄膜炎などを発症させます。現在は肺炎レンサ球菌と呼ばれています。
肺炎双球菌には、周囲に多糖類からなる莢膜(きょうまく)というさやを持つものと、莢膜を持たないものがあります。菌体の周囲に莢膜があると、動物の体内で白血球による食作用から菌を守り、増殖できるので病原性を持ち肺炎を発症させます。
莢膜を持たない肺炎双球菌を寒天培地で増殖させると、周囲が粗いコロニー(細菌の集団)を形成するのでR型菌(rough)と呼ばれます。莢膜を持つ肺炎双球菌を寒天培地で増殖させると、周囲が滑らかなコロニーを形成するのでS型菌(smooth)と呼ばれます。
R型菌をマウスに注射しても、莢膜を持たないのでマウス体内の免疫によりマウスは肺炎を発症しません。しかし、莢膜を持つS型菌をマウスに注射すると、白血球の食作用から菌体が守られるので、マウスは肺炎を発症します。

グリフィスの実験
まずは、グリフィスの実験です。1928年にフレデリック・グリフィスは、肺炎双球菌をネズミに注射する実験を行いました。
- 生きたR型菌をネズミに注射
→ネズミは肺炎を発症しなかった。 - 生きたS型菌をネズミに注射
→ネズミは肺炎を発症した。 - S型菌を加熱殺菌してネズミに注射
→ネズミは肺炎を発症しなかった。 - 加熱殺菌したS型菌と生きたR型菌を混合しネズミに注射
→ネズミは肺炎を発症した。
S型菌(莢膜があり病原性がある)を加熱殺菌し、R型菌(莢膜がなく病原性がない)と混ぜてネズミに注射するとネズミが発病し、体内にS型菌が生ずることを発見しました。

これは、生きたR型菌が死んだS型菌の何かを取り込み、病原性があるS型菌に変化したことを表しています。これは形質転換と呼ばれる現象で、のちに実験を引き継いだエイブリーによって命名されました。
グリフィスの実験のポイントは、形質転換を発見したことです。しかし、なぜR型菌が形質転換したのかは結局わかりませんでした。真相の究明は、次のエイブリーの実験によってわかります。
エイブリー(アベリー)の実験
グリフィスの実験を引き継いだのがオズワルド・エイブリー(アベリー)です。1944年に形質転換を起こす物質がDNAであることを実験から導きました。当時は、タンパク質によって形質が遺伝すると考えられていたので、当時はDNAが遺伝子の本体であると、なかなか受け入れられませんでしたが、後々の研究に極めて大きな影響を与えました。

- S型菌抽出液を何の処理もせずR型菌と混合
→R型菌の一部が形質転換しS型菌が現れた。 - S型菌抽出液を多糖類分解酵素で処理してR型菌と混合
→R型菌の一部が形質転換しS型菌が現れた。
→形質転換の原因物質は多糖類(莢膜)ではない。 - S型菌抽出液をタンパク質分解酵素で処理してR型菌と混合
→R型菌の一部が形質転換しS型菌が現れた。
→形質転換の原因物質はタンパク質(外殻)ではない。 - S型菌抽出液をDNA分解酵素で処理してR型菌と混合
→R型菌は形質転換しなかった。
→形質転換の原因物質はDNAである。
実際の実験は、寒天培地を使ってコロニーを形成させるものでしたので、実際にネズミに注射はしていません。寒天培地で増殖させるので、R型菌も白血球の食作用を受けずコロニーを形成します。実際に、ネズミに注射したのであれば、R型菌は食作用により排除されてしまいます。
また、形質転換はすべてのR型菌が起こすのではく、ごく一部のR型菌がS型菌のDNAを取り込み起こすことも覚えておきましょう。
形質転換の練習問題
肺炎双球菌には、寒天培地で培養したときにコロニー(細菌の集団)に表面が荒いR型菌と、コロニーの表面が滑らかなS型菌がある。R型菌とS型菌をそれぞれ別のネズミに注射すると、S型菌を注射した場合にのみネズミは発病する。
S型菌をすりつぶして得た抽出液に、次の①~④の処理をしたものを準備した。
①無処理
②多糖類分解酵素を加えたもの
③DNA分解酵素を加えたもの
④タンパク質分解酵素を加えたもの
①~④を別々にR型菌に加えて培養すると、ⅰR型菌の中にS型菌の形質をもつものが現れた。この実験を行ったのは( ① )で、実験によりⅱ遺伝子の本体がDNAであることが推測された。これについて、以下の各問いに答えよ。
(1)文中の( ① )に入る人物を、下のア~オの中から選べ。
ア ワトソン イ グリフィス ウ ハーシー エ シャルガフ オ エイブリー
(2)S型菌をすりつぶして得た抽出液に、①~④の処理をしたものをR型菌に加えて培養すると、R型菌の中にS型菌の形質をもつものが現れたのは、①~④のどれになるか。該当するものをすべて選べ。
(3)下線部ⅰの現象を何というか。
(4)この実験からわかることを述べた次の文章中の( )に適切な語句を入れよ。
(5)加熱殺菌したS型菌を注射してもネズミは発病しない。では、加熱殺菌したS型菌をR型菌と混ぜて注射すると、ネズミは発病するか、発病しないか。
(6)下線部ⅱに関連して、DNAを含む細胞内の構造体として最も適当なものを、次の①~⑤の中からすべて選べ。
①染色体 ②液胞 ③星状体 ④ゴルジ体 ⑤ミトコンドリア ⑥葉緑体
形質転換の練習問題 解答・解説
(1)オ
S型菌の抽出液をR型菌の培地に加える実験を行ったのはエイブリー(アベリー)である。グリフィスはエイブリーの実験の前に、加熱殺菌したS型菌をR型菌に注射すると、R型菌の中にS型菌が現れることを発見した人物である。
(2)①、②、③
DNA分解酵素を加えたときだけS型菌のDNAが分解されるので、形質転換が起こらない。
(3)形質転換
形質転換は、生きたR型菌がS型菌のDNAを取り込むことで起こる現象である。グリフィスの実験により判明したが、形質転換という名称を用いたのはエイブリーである。
(4)ア S イ DNA ウ R エ S
形質転換は、生きたR型菌がS型菌のDNAを取り込むことで起こる現象である。エイブリーの実験により、遺伝子の本体がDNAであることが強く示唆されたが、当時、形質を現すもととなるものがタンパク質だと考えられていたため、エイブリーの実験はなかなか受け入れてもらえなかった。
(5)発病する
グリフィスの実験である。DNAは熱に強く、生きたR型菌に加熱殺菌されたS型菌を混ぜると、R型菌にS型菌のDNAが取り込まれ、S型菌に形質転換するものがある。
(6)①、⑤、⑥
染色体は、二重らせん構造をとるDNAが折りたためられてできたものである。ミトコンドリアと葉緑体は、それぞれ独自のDNAを持ち、細胞内で独自に増殖する。
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