小論文は知識が重要ではないことはお伝えしてきましたが、やはりその分野について何も知らないのでは、小論文を書くあたって苦労することは目に見えています。今回から大学入試小論文での頻出テーマの一つ、高齢化社会についてのポイント」
高齢化社会
日本が抱える深刻な問題の一つに「高齢化社会」があげられます。では、社会が高齢化していくとどんな問題が生じてくるのでしょうか。
高齢化社会の何が問題なのか?
高齢化社会の問題点は多岐にわたりますが、よく言われているのは高齢者が増えることで、公的年金や医療費、介護費用にお金がかかり、日本の福祉財政が立ちいかなくなる点です。
若者への福祉費用の負担の増加も問題ですが、高齢者にも大きなしわ寄せが集まります。お年寄りの生活を支える年金額が下がったり、介護サービスの質が低下したりして、老後の生活が厳しくなる点です。
十分なお金がない状態というのは深刻な問題で、生活するために切羽詰まった状態になることを意味しており、精神的にも豊かさを失ってしまいその尊厳を大きく失ってしまいます。人生の最終段階である老後において、人間の尊厳が損なわれることは大問題なのです。
高齢者とは?
ところで、ここで言う高齢者とはどのひとのことを言っているのでしょうか。高齢者とは一般に65歳以上の人を指していますが、実質的にどのような人を高齢者と言っているのかを考えていきましょう。
当然ながら、65歳以上の高齢者といえども人間です。人間である上は当然ながらその尊厳は守らなければなりません。しかし、高齢者は実際に尊厳をもった人間として尊重されているのでしょうか。
例えば、あなたのお祖父さんやお祖母さんが、婚活パーティーに行ったとしましょう。もちろん配偶者が亡くなられていることを想定しています。そんな祖父母に対してあなたはどんな気持ちを抱くでしょうか。「祖父ちゃんやるな!」と思う人もいるでしょうが、「いい年して、そんなことはやめてくれ!」と思う人も多数いるのではないでしょうか。世間の目を気にする人が大多数になるのではないでしょうか。
これが若者だったら話は別です。家族からは全く別の反応が返ってくるのではないでしょうか。これはとてもおかしなことで、人間は何歳であろうが、人間であることには変わりなく、全員尊厳をもった者として尊重されなければなりません。しかしながら若者なら許されるはずの婚活パーティーでも、高齢者が参加するとなると話が違ってきます。「年寄りのくせに」と問題視してしまいます。これは高齢者の尊厳を軽視していることにはならないでしょうか。
その背景には、高齢者には年相応の社会的な役割が押し付けられている事実があります。高齢者は落ち着いていなければならないなどの社会的な圧力です。しかし、高齢者がどうして年相応の行動をとらないといけないのでしょうか。社会には個人の幸福に圧力をかけ、その尊厳を押しつぶす権利はありません。
高齢者といえども、自己実現を達成するために、恋愛も自由に行っていいはずですし、新しいことをはじめてもいいはずです。それを社会が一方的に奪うことは許されません。
高齢者とは、みなさんと同じ一人の人間として、その尊厳に結びつくことは最大限に尊重される存在であるということができるのではないでしょうか。
福祉財政はどうするのか?
高齢者の尊厳をしっかりと守ることが大切なのはわかりますが、その実現のためにも公的年金や医療・介護サービスなどによる社会的な支えがどうしても必要です。少子化も進んでいますし、この先の社会保障の先細りは眼に見えています。どうすればいいのでしょうか。
まず挙げられるのが、定年制の廃止です。現在の社会の風潮も定年の年齢を引き上げる方向に動いていますが、定年制自体が単なる社会的慣行に過ぎず、何歳になってもはたらける社会をつくっていってもいいはずです。高齢者になっても自分の力でしっかりと稼ぐことができる社会になれば、自分のお金で暮らしていくことができ、そこから税金も徴収することができます。高齢者からしっかりと税金を取れるようになり、それを福祉財政に回すことができれば、高齢者は退職しなければならないという社会的な圧力も抑制できるのではないでしょうか。
次に挙げられるのが外国人労働者の受け入れの拡大です。少子化と高齢化で、日本国内で働く労働人口が減少していることは周知の事実です。そうなると、それを外国人労働者に補ってもらうことも選択肢の一つにあるのではないでしょうか。ただし、人材の争奪戦が起きている国際社会で、有能な人材が集まるのかという問題や、文化や言葉の壁をどう乗り越えていくのかという課題も残されています。
介護は誰がするのか?
高齢者を誰が支えるのかという問題も深刻です。高齢者医療や介護にかかわる人材の不足が深刻化しています。今後も高齢者が増え続ける社会ですので、深刻な人員不足は今後も加速していくことでしょう。
医療や介護の人員を養成し育てていくことはもちろん重要ですが、ここで一つ大きな問題が残ります。それは高齢者の介護は自分たちですべきであるという思い込みです。
高齢になった自分の親を他人の手に委ねるのは罪悪感があるのと同時に、恥ずかしいなど理由は様々ですが、高齢者の介護は自分たちの家で自分たちの手で行わなければならないと考えている人が実に多いのです。
しかし、介護はかなりの重労働で、家族全員で面倒を見ると言っても主婦に負担が集中することは眼に見えています。介護に家族の手が集中すると、その分だけ家族の収入も減少します。専門的な知識も必要で、親孝行のつもりでもかえって高齢者に悪い影響を与えてしまうのが現実です。
介護の専門家に任せれば、その問題もほとんど解消するのではないでしょうか。人の手に介護を委ねることに対する意識を変え、恥ずかしいことではないという考えをもつようにする。介護を専門家に任せることが結局は高齢者のためにもなるのだという認識が、介護専門員を養成するにあたって重要になってくるのです。
我々は複雑多岐な現代を生きています。この社会でしっかりと生活していくためには、役割分担は非常に重要です。役割を押し付けることは問題ですが、専門に応じて役割分担をするという発想は必要なのです。
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