建武の新政(高校日本史)

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建武の新政

後醍醐天皇は天皇親政の理想のもとに、摂政・関白を廃止し 意欲的な新しい政治をめざした。1334年に年号を建武とあらためたので、この新政治を建武の新政とよぶ。しかしその体制は、中央に記録所と幕府の引付をうけついだ雑訴決断所をおき、地方に国司と守護をあわせおいたように、公武両政治を折衷したものであった。

後醍醐天皇は、

  • 記録所…行政、司法の天皇親裁機関
  • 雑訴決断所…訴訟事務

を整備。

建武の新政の失敗は、恩賞の不公平とも言われています。

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